企画調査委員会

名著探訪

都市のデザイン DESIGN of CITIES

エドマンド・N・ベイコン著 渡辺定夫訳

鹿島出版会/1968年(原著1967年刊行)

 本書は,米国のフィラデルフィアでアーバン・デザイナーとして活躍したエドモンド・ベーコンの著作である。この本の存在を知ったのは,建築史の稻垣栄三先生の授業においてだった。専門は日本建築史だが,教授として太田博太郎先生がおられたので,近代建築史,西洋建築史を講じていた稻垣氏は,方法論を常に探求する姿勢を見せ,都市史にも強い関心をもっていた。
 従来の建築史は,建築がつくられた時点だけを扱い,その後の変遷については論じてこなかった。それに対し稻垣氏は,建築に<時間>を入れて見る必要を語り,その雛形としてベーコンのこの本が選ばれたのだ。
 空間を経験として感じ取ること,そして空間と時間の組み合わせの重要性をベーコンは論じた。この本を私が読んだ1970年頃,日本の都市開発では,過去の蓄積をゼロにして,新しいものに置き換える発想が依然,支配的だった。それに対し,ベーコンは,主にヨーロッパの,そしてとりわけイタリアの歴史都市を豊かな素材として取り上げ,そこに見られる建築・都市の空間の歴史的重層性を丁寧に,そして見事に読み解いてみせてくれたのだ。私がイタリアへ留学し,都市を読む方法を学ぼうと決心したのも,この本との出会いがもとだったかもしれない。先ずはギリシャの古代都市に始まり,ローマ,中世,ルネサンス,バロックの諸都市を旅し,18・19世紀のネオバロック的なコペンハーゲン等の都市開発,最後はブラジリア,そして自身が関わったフィラデルフィアまで,古今の都市空間の傑作を通観して見せる。
 テーマはまさに都市デザインだ。都市形態,とりわけ広場,街路等の公共空間の魅力が存分に描かれる。軸線,ヴィスタ,象徴的モニュメント,時に路地が錯綜する迷宮空間も扱われ,グラフィックな美しい空間の表現方法で読者を魅了する。都市デザインは市民すべての芸術であり,都市の中心はそこに住み,働き,くつろぐ人々にとって心地よい場所であるべきだ,というベーコンの哲学にも共感を覚えた。
 しかも,そこに<時間>のファクターが挿入され,段階を追って空間がダイナミックに形成される発展のメカニズムが鮮やかに解き明かされるのだ。例えば,ミケランジェロが設計したローマのカンピドーリオ広場。既存の建物の配置を読んで活かし,丘の上に逆台形の面白い形態の広場が創造された秘密を解明する。
 複雑化する現代の都市の状況からすれば楽天的とも言える本書だが,都市空間への憧れを与える名著であるのに変わりはない。

紹介:法政大学教授 陣内秀信

(都市計画303号 2013年6月25日発行)

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